お盆に寄せて ~最愛の祖母のこと~

夜中にひっそりとブログ更新。

大石定笳です。

お盆ですね。

あなたは、亡くなった人で、もう一度会いたい人はいますか。

わたしは、誰に一番会いたいか?と聞かれると、迷いなく
「母方のおばあちゃん」と答えます。

明るくて、目立ちたがり屋で、ちょっぴりわがままで、子どものようなところのある。
でも、そこが愛すべきキャラクターの人でした。

得意なことは日本舞踊と和裁と料理。
苦手なことは、歌。
詩吟も習っていたのですが、すっごく下手で、本人は大まじめに唄っていて、笑っちゃいけないけど、思わずプッと笑ってしまうレベル・・・。

そして顔立ちは、みのもんたに似ている(笑)←女性ですが。

そんなおばあちゃんが亡くなったのは9年前。享年89歳でした。
大往生と言えるのかもしれませんね。
今、生きていたら98歳。

生前、わたしは、祖母が大好きでしたし、祖母もまた、わたしを小さい頃から「目の中に入れても痛くない」と、たいへん可愛がってくれました。

また、うちの両親は人間的に悪い人ではないのですが、躾がわりと厳しく、わたしは親に甘えるということが出来なかったので、無条件で甘えられる祖母という存在はとても大きかったのです。

祖母は、わたしが子どもの頃、小さな駄菓子屋を営んでいました。
今では滅多に見られなくなってしまった駄菓子屋さんですが、わたしにとって駄菓子屋さんは、特別なものです。

祖母とのことで、今でも少し後悔していることがあります。

それは、祖母を台湾に連れて行ってやれなかったこと。

祖母は新婚時代、祖父の仕事の関係で台湾に数年間住んでいたことがあるのですが、晩年、「もう一度台湾に行きたい」と繰り返し言うようになりました。

きっと、新婚時代の、祖父との思い出の詰まった台湾を再びこの目で見たいという気持ちだったのでしょう。
どうやら台湾は、祖母にとって、とても幸せな記憶の場所だったようです。

祖母は会うたびに、わたしと妹と3人で台湾に行こうと誘ってきました。

わたしとしては、祖母をぜひとも台湾に連れて行ってあげたかったのですが、まわり(母やおばたち)が
「おばあちゃんを飛行機に乗せるのは危ない。心臓にペースメーカーも入れているし、何かあったらどうするの?」
と止めます。

当時のわたしは、何度か母や叔母を説得したものの、最終的には逆らうことはできませんでした。
母やおばが心配するのも、もっともだったから。

でも、あの時、無理してでも連れて行ってあげてたらよかったな。
もう一度、台湾の地を踏ませてあげたかったな。

なんて思うのです。

今でも、祖母とは一年に2回ほど(祖母の誕生日と命日に)、チャネリングでコンタクトを取ります。
霊界にいる祖母は、生きている時と同じように、語りかけてくれます。

 

あなたの会いたい人は誰ですか?

瞑想して意識を集中すると、霊界のあの人とコンタクトが取れるかもしれません。

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